デジタル人材とは何か

公共機関のIT人材の課題

官公庁、自治体のIT部門や関連部門の方の「人」の問題としてよく言われるところとして次のようなことがあるのではないでしょうか。

・IT関連の知識を身に着け、成長してきたところで異動となってしまう。
・知識継承の点では、人から人へのリレーがうまくいかないところがある。
・異動があることを考えると、長い時間を要する取り組みには着手しにくい。
・異動を考えると、IT専門でのキャリアパスは描けない。IT部門への配属は外れと思う。
・知識、経験ともにベンダーに勝てる要素はなく、言いなりになり勝ち。

仮に「デジタル人材」が首尾よく採用できたとしてもニ三年で異動して別の仕事についたら意味がありません。二三年ごとに、まったく素人の職員を入れ替わり立ち代わり配属していたら、業務経験を積んでシステムスキルのあるベンダーに対峙できるわけもありません。経験がものを言うのはどの分野でも同じです。あるいは、なぜ、キャリアパスが描けるように人事制度なりキャリアパスの設計なりを見直さないのでしょうか。


デジタル人材とは

そもそもデジタル人材とは何なのでしょうか。なんとなく使っていますが、わかるような分からないような言葉です。まさかデジタル化された人ということではないはずです。経験則として、意味の輪郭がはっきりしない言葉に出会ったときは英語ではどう言うのかを考えてみると謎が解けることがあります。日本語化される過程で元の意味がぼやけてしまっていることもあるためです。そうした言葉については、もう一度英語に戻すことで案外元の意味が浮かんできたりするものです。

デジタル人材を翻訳ソフトに入れてみた結果は次の通りです。

 digital human resource –スマフォの翻訳アプリ
 digital talent –google翻訳
 digital human resource ないし digital talent –Deep/l
 digital talent –Bing翻訳

学習用の英語辞典などではヒットしないので、まあまあ新語としてこれらの翻訳があてられているということでしょうか。’digital talent’ も ‘digital human resource’ もだいたい同じ意味だと思いますが、とりあえず ‘digital talent’ で検索すると、次のような記事が見つかります。

“The OECD Framework for digital talent and skills in the public sector”
(https://www.oecd.org/en/publications/the-oecd-framework-for-digital-talent-and-skills-in-the-public-sector_4e7c3f58-en.html 2024/11/25確認)

まさに、というわけです。

このペーパーは2021年の日付なので、おそらくその数年前から海外ではこの用語が浸透していたことをうかがわせます。デジタル人材という言葉もこの翻訳でしょう。ITエンジニアでも、ITスペシャリストでもなく、なぜデジタル・タレントとしたのか。ということで、さっそくこれを読んでみる。といきたいところですが、Referenceまで含めれば80ページ近いドキュメントなので、ChatGPTに入れて要約してもらいます。

OECDのデジタル・タレントのフレームワーク

—ここから要約(そのまま貼り付けます)

### レポートの目的 このレポートは、公的機関がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するために必要なスキルと人材の枠組みを提示しています。主に以下の3つの柱に基づいて構成されています。

1. **デジタル変革を促進する環境の整備**:
- リーダーシップ、組織構造、学習文化、柔軟な働き方の重要性を強調。
- デジタル技術を活用しやすい職場環境の整備がDXを成功させる鍵。

2. **デジタル成熟度を支えるスキルの定義**:
- 公務員に必要な4種類のスキルを提案:
  - ユーザースキル
  - 社会的・感情的スキル
  - 専門スキル
  - リーダーシップスキル

3. **デジタル人材の確保と維持**:
- 人材の採用、キャリア開発、スキル向上、報酬体系、異動を含む総合的なアプローチ。
- 学び続ける文化の推進や多様性の尊重を重視。


### 主なポイント ####

1. デジタル変革を促進する環境
- **リーダーシップ**:
- デジタルガバメントへの明確なビジョンを示し、変革を先導するリーダーの存在が不可欠。
- 階層構造を減らし、柔軟で協力的な文化を育成。

- **組織構造**:
- ユーザー中心の職務設計やコラボレーションを重視。
- ICT専門職からデジタル専門職へのシフトを推奨。

- **学習文化**:
- 組織全体で学びの文化を醸成し、失敗から学ぶ姿勢を奨励。

#### 2. デジタル成熟度を支えるスキル
- **ユーザースキル**: デジタルツールや技術の利用能力。
- **社会的・感情的スキル**: チームのダイナミクスを理解し、効果的なコミュニケーションを行う能力。
- **専門スキル**: データ分析やサービス設計に関する高度な知識。
- **リーダーシップスキル**: デジタル変革をリードするための意思決定能力と戦略的視野。

#### 3. デジタル人材の育成と管理
- 人材の採用と保持を促進するための戦略。
- 定期的なスキルアッププログラムとトレーニング。
- 公務員のキャリアの多様性と柔軟性を確保。

---
### 結論
- 公的機関がDXを成功させるためには、適切な環境、明確なスキル戦略、そして持続可能な人材管理が必要です。
- デジタル化の進展に伴い、公的部門も柔軟で持続可能な形で社会のニーズに応える準備が求められます。

この枠組みは、公務員や組織がDXのプロセスに適応し、デジタル技術を活用するための重要なガイドラインとして機能します。

—ここまで要約

デジタル人材は「人」だけの問題ではなく

さて、デジタル人材について必要なことはほぼここに網羅されているのではないでしょうか。

a.デジタルガバメントへの明確なビジョンを示し、変革を先導するリーダー
b.階層構造を減らし、柔軟で協力的な文化を育成
c.ユーザー中心の職務設計やコラボレーションを重視
d.ICT専門職からデジタル専門職へのシフトを推奨
e.組織全体で学びの文化を醸成し、失敗から学ぶ姿勢を奨励
f.デジタルツールや技術の利用能力
g.チームのダイナミクスを理解し、効果的なコミュニケーションを行う能力
h.データ分析やサービス設計に関する高度な知識
i.デジタル変革をリードするための意思決定能力と戦略的視野
j.人材の採用と保持を促進するための戦略
k.定期的なスキルアッププログラムとトレーニング
l.公務員のキャリアの多様性と柔軟性を確保

これが成功のためのパターンだとすれば、アンチパターンはこんな感じでしょうか。

a’. デジタルガバメントへのビジョンが示されず、リーダーが不在
b’. 組織のヒエラルキーがガチガチの階層構造で組織の枠を超えたコラボレーションは困難
c’. 仕事は上から降りてくるもの、黙って言われたことをするのが文化
d’. デジタル専門職への転換どころかそもそもIT専門職はゼロ
e’. 学びはテキストで十分、できて当たり前で、失敗したら犯人捜しに時間をかける
f’. Word/Excelならなんとかできるけど他のツールは入れたら怒られちゃいます
g’. 仕事は上司の指示で「報連相」を徹底して
h’. データ分析はA社、サービスデザインはB社、でも何をしてもらったらよいものか
i’. ベンダーの提案は評価できないので、言われたとおりにしています
j’. デジタル専門職なんて雇えないでしょ、みんなベンダーに行ってしまうのでは
k’. スキルを高めたくても内部には研修コースもないし、あってもエントリーレベル
l’. そもそもデジタルやるために公務員になったんじゃないわけだし

分かりやすさのためにやや極端な書き方をしていますが、もし実態がそれほど遠くないとしたらOECDフレームワーク的には改善の必要があるということになるかもしれません。しかし、職員定員数は年々削減され、予算も頭打ちで、辞めていく人も後を絶ちません。こうしたことは現場の改善でやれることには限界があります。法制度の根本からの見直しを要する事項です。その実現までの途方もない道のりを考えると結局のところ、現場でなんとか辻褄をあわせるほかなくなるという状況。現場にうっすらと漂う無力感の根源はそのようなところにもあるのではないでしょうか。

デジタルタレントは必ずしもITの専門化ではありません

この文書で注目してもらいたいポイントはもうひとつあります。このリストを見る限り、デジタル技術についての専門性について述べられているのはごく一部だということです。デジタル人材がIT人材と呼ばれていた頃から人材育成について官公庁のお客様に聞かれるたびに答えてきたことのひとつは、必ずしもIT技術に通じている必要はないということです。実は、必要なスキルの大半はマネジメントスキルや問題解決能力であって、IT技術の知見が必要なら外部から補充すればよいということです。

もちろん、一定程度IT技術について知識を持つことは必要です。しかし、ビジョンを策定し、具体的な将来像を描いて開発計画を立てるうえで必要なのは専門的な技術についてのエンサイクロペディア的な知識量や熟練工の技ではなくて、その技術でできること、やれないことの境目を見極める目だとか、様々な技術にわたるだいたいの見取り図などで、必ずしも技術の詳細を熟知している必要はありません。つまり、それは利用者としての厳しい評価視点があればやれるということでもあります。これは、実際専門家の中でもそうなっていて、プロジェクト・マネージャー職を選ぶ人間は、テクニカルな詳細を必ずしも抑えていません。そのシステムに必要な技術がどんなものなのかをだいたい知っていればまだよい方で、いちいちSEに聞きながらしごとをしているPMは別に珍しくもありません。だったら、発注側もそれでいいはずです。

政府が従来作成してきた人材育成計画も、基本は内部に専門家を養成するのではなく、専門家と渡り合って実現したいことを伝え、提案を評価してプロジェクトを推進していけるような人材を作ることを本旨としていて、必ずしもITの専門家を育成する計画は立案されてきていません(ブリッジ人材などと言われていたと思います)。本当に専門家が必要なら(実際に必要なわけですが)、公募したり、外部委託したりして体制を作っているというのがデジタル庁を除く多くの官公庁の施策だろうと思います。


自治体についても、考え方は恐らく同様で、本格的にITの専門技術者を抱えようという団体はあまりないように思います。そうではないという動きがあるようでしたら、是非知りたいし、どのような施策で進めているのか興味があります。

「マネジメントスキル」の本質

さて、そのマネジメント・スキルです。ここでいうマネジメント・スキルは、伝統的な民間企業や官公庁の中間管理職の仕事のスタイルとは恐らく異なる仕事の仕方を要求するものです。

デジタル関連の仕事の多くはプロジェクト型で進行します。目標にそってシステムを構想し、仕様を決め、プロジェクトを計画し、仕事を定義し、担当者の体制や仕事の仕方を決め、対外交渉や内部交渉を含めて調整ごとをこなしながら、設計をにつめ構築過程を監督して目的としていたシステムを手に入れるまでの一連の仕事の仕方の問題です。未経験者の場合、うまく仕事の流れにのることができず、何をやっているのかよくわからないままともかく時間だけ過ぎていくといった感じがするのではないでしょうか。組織によっては、作業をマニュアル化していたりOJTを取り入れていたりと工夫はされていると思いますが、このプロセス全体がある面で創造性を要求するのが一般的な官公庁の事務と大きく異なる点で、そこを理解するかどうかが最初のハードルになっているように思います。

プロジェクト・マネジメントはよく誤解されているように、進捗管理から始まる管理項目にそって粛々と計画どおりに仕事を進める技術ではありません。それらは、プロジェクト・マネジメントを支える個々の知識要素やプラクティスに過ぎません。プロジェクト・マネジメントの本質は価値創出のダイナミズムにあります。そのプロジェクトを通じて産み出すものが何かを理解して、それを追求するところに本質があって、管理項目を確認しながらうまく行っているかどうかを幹部や顧客に報告するのは、プロジェクト・アドミニストレーションと呼ばれる事務作業だと考えるとよいと思います。


そして、この価値創出に関わる頭の使い方になじんでいない人が官公庁に多いということが、デジタル人材不足という問題の本質だと私は考えています。官公庁の仕事のイメージがそもそもアドミニストレーションそのものだとすれば、それを価値創出型の仕事に転換していくことが必要で、その変革のベクトルの上にデジタル化やこれらの人材育成の仕事も位置づけるべきなのです。そして、それを進めることと、ここでご紹介したOECDのデジタル人材に関わるフレームワークはまさに対応していると言ってよいのです。

今年になってから私自身ある自治体のDXの現場を実際に体験し始めていますが、部門ごとにいるシステム担当者は、やはり伸び伸びと仕事をしているというよりも未経験者がおっかなびっくりなんとか形にしているという感じが強くします。しかし、おっかなびっくりとはいえ、責任を持っている以上できる限りの努力をするのが実は公務員なのだというのは意外と知られていないのではないでしょうか。少なくとも、私の知っている官公庁のIT現場で真面目にやっていないという例はほとんど見たことがありません。手を抜いているというよりも、よくわからないので差し当たって「現行踏襲」でこれまでやられてきたことを壊さないように注意しているというのが基本動作になっているために、改善に対する取り組みがどうしても弱くなっているだけのように見えます。ほんとうに手抜きの仕事があれば、厳しく内部で指摘されるのではないでしょうか。定期的に発生する運用調達などと異なる新たな仕事が生じると、足りないところは相互に意見を出し合ったり知り合いのベンダーに聞いたりしながら、ともかくもなんとか形にしていく姿は至る所で見られます。そのような姿を見ていると、日本も捨てたもんではないと本当に心から思いますし、そう思う反面、そうした現場の責任感に頼らざるを得ない現状にはやはり課題があると思うものです。

プロジェクト・マネージャーが十分に創造性に富んだ仕事をするためには、思い切った権限の委譲が必要ですし、幹部のサポートや必要な研修や経験を積む機会も必要です。環境をつくり、経験を積み、知識を増やし、予算をつけてまかせる、というところから優秀なPMが生まれてくるので、そのいずれも手を抜いていてPMが育つわけがありません。


必然の結果として、プロジェクト・リーダーが誰なのかがはっきりしないプロジェクトが、官公庁の現場ではたくさん生まれることになります。フェーズゲートの会議に出てきて当たり障りのない発言をする管理職や調整ごとで疲れ果てている担当者はいても、プロジェクト・マネージャーは不在で、ベンダーにしかPMがいない状況というのはどちらかというと常態になっているかもしれません。いきおいベンダー頼みのプロジェクトにならざるを得ない面はどうしても出てきます。これは現状ではある程度仕方のないことなのですが、かといってそのままでよいとも思えません。

おわりに

デジタル化の推進や、デジタル人材をどう考えるかは、自治体の在り方に関する転換の問題と直接関係しています。行政の変革とデジタル人材の在り方は同じコインの裏表と言ってもよいくらいです。デジタル・トランスフォーメーション=DXという言葉だけが我が国では一般化していますが、こと行政についていえば、”Government Transformation” という言葉で語られる場面も増えており、単なる業務のデジタル化というよりも、政府、行政機関の変革が主題化していると言ってよいと思います。思えば、オバマ政権の施策から我が国でも課題となっているオープンデータにしても、単に行政機関がもっているデータをオープンにしてビジネス利用を促進するというだけでなく、行政機関の在り方自体の変革が志向されたものだったと思います。IT、デジタル、データをそれぞれの問題として切り離すのではなく、官公庁の変革の課題として捉えなおすのであれば、デジタル人材にまつわる課題が問題なのではなくて、行政機関の職員の在り方自体が問われていると考えるべきなのではないかと私は思います。